大判例

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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)2号 判決

原告

株式会社メディア・インターフェイス

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

被告

特許庁長官 【F】

指定代理人

【G】

【H】

【I】

【J】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

「特許庁が平成6年審判第11625号事件について平成9年11月25日にした審決を取り消す。」との判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和63年8月30日名称を「ファクシミリ装置及びファクシミリ通信方法」とする発明(本願発明)につき特許出願(昭和63年特許願第215793号)をしたが、平成6年6月15日拒絶査定を受けたので、平成6年7月14日審判の請求をし、平成6年審判第11625号事件として審理された結果、平成9年11月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月10日に原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項に記載のもの)

(1)ファクシミリ通信の送信機能を有するファクシミリ装置において、文書作成システムによって作成された、プリンタ出力ファイルとしての外部文書データを電気信号として入力する第1手段と、前記第1手段によって入力された外部文書データを記憶する記憶手段と、前記記憶手段に記憶された前記外部文書データをファクシミリ送信のプロトコルに従い通信回線を介して所定の相手先へ送信する第2手段とを設けたことを特徴とするファクシミリ装置。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項のとおりと認める。

(2)  引用刊行物

これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された特開昭60-107970号公報(昭和60年6月13日出願公開。引用例)には、電子計算機4の言語処理システム(ワードプロセッサ)により作成された文書データを文字コードの形でファクシミリ制御装置3に転送し、該ファクシミリ制御装置3は受け取った文字コード形式の文書データを画面バッファ31、送信バッファ32、回線2を介してシリアルにファクシミリ装置1に送信し、該ファクシミリ装置1は受信した文字コードが内部に持つ文字パターン格納部11でパターンに変換できるものであればこれをパターンに変換しイメージデータに展開して出力し、変換できないものであればファクシミリ制御装置3から送られて来る文字パターンを用いてイメージデータに展開して出力することが記載されている。

(3)  対比

そこで、本願発明と引用例に記載された発明とを対比すると、前者の「ファクシミリ通信の送信機能を有するファクシミリ装置」は、後者の「ファクシミリ制御装置3」に相当するから、両者は、「ファクシミリ通信の送信機能を有するファクシミリ装置において、文書作成システムによって作成された、外部文書データを電気信号として入力する第1手段と、前記第1手段によって入力された外部文書データを記憶する記憶手段と、前記記憶手段に記憶された前記外部文書データを通信回線を介して所定の相手先へ送信する第2手段を設けたことを特徴とするファクシミリ装置。」である点で一致し、次の(イ)及び(ロ)の点で相違する。すなわち、

(イ)本願発明が、前記外部文書データを送信するに際し、ファクシミリ送信のプロトコルに従い送信するのに対し、引用例記載のものは、ファクシミリ送信のプロトコルに従い送信しているか否かについては、引用例に明らかな記載がない点。

(ロ)本願発明が、送信すべき外部文書データをプリンタ出力ファイルとして送信しているのに対し、引用例記載のものは、送信すべき外部文書データをプリンタ出力ファイルとして送信しているか否かについては、引用例に明らかな記載がない点。

(4)  審決の判断

上記相違点(イ)につき検討するに、引用例記載のものにおいては、送信側が送受信機能を有するファクシミリ制御装置3であり、受信側もやはり送受信機能を有するファクシミリ装置1であるから、ファクシミリ制御装置3からファクシミリ装置1にデータを送信するに際し、ファクシミリ送信のプロトコルに従う送信を行うことは、引用例に特に明示がなくとも、当然に予測されることである。

上記相違点(ロ)について検討するに、公衆回線、デジタル通信網、そしてインターネット等を介してコンピュータ間通信をするに当たり、送信側が文書作成システム(ワードプロセッサ)により作成したデータをプリンタ出力ファイル等のファイル形式で互いに送受信し合うことは、本件出願前既に当業者にはよく知られていた事項であるから、本願発明のように、相手先へ送信すべき外部文書データをプリンタ出力ファイルとして送信することは、当業者が上記周知事項に基づいて容易に想到し得たものと認められる。

また、本願発明の効果についても、引用例記載のもの及び当技術分野における技術常識からは、予測し得ない格別顕著なものがあるとは認められない。

(5)  審決のむすび

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例及び当技術分野における周知事項とに基づいて容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

第3  原告主張の審決取消事由

1  相違点の認定の誤り

審決は、「引用例記載のものは、送信すべき外部文書データをプリンタ出力ファイルとして送信しているか否かについては、引用例に明らかな記載がない」と認定するが、引用例記載の発明は、外部文書情報を文字コードの形式でファクシミリ送受信する場合に、受信側ファクシミリ装置に未格納の文字パターンについては、文字コード情報に代えて文字パターン情報として送受信することにより文字コードの形式による送受信を補完することを特徴とする発明にすぎず、それを越えて外部文書データをプリンタ出力ファイルないし印刷コードファイルの形式にて送受信することは、全く想定していなかったことが明らかである。にもかかわらず、審決はこの点につき「引用例に明らかな記載がない」と認定するにとどまるが、これは明白な事実誤認である。

2  進歩性についての判断の誤り

(1)  前提とする事実の誤認

インターネットを介してのデータの送受信は、本件出願当時、大学等学術分野においては一部利用されていたものの、当業者には決してよく知られていた事項ではあったわけではないし、コンピュータ間でのパソコン通信や電子メールの送受信においても、通信方法としてはテキストファイルないしは文書ファイルが使用されていたのであり、プリンタ出力ファイルが送受信に使用されていたという事実はない。

本願発明の構成及び作用効果において重要性を有するのは、ファイル形式の中でもプリンタ出力ファイル形式での送受信であること、そしてそれをコンピュータ間通信ではなく、ファクシミリ通信方法に利用したということである。審決は、本願発明の特殊性が、プリンタ出力ファイル形式によるデータの送受信にあることを看過し、プリンタ出力ファイル形式での送受信をファイル形式の送受信の一形態として位置づけ、他のファイル形式によるデータの送受信と同一視した点において、本願発明の進歩性判断の前提をなす事実認定を誤ったものである。

(2)  理由不備

審決は、コンピュータ間通信をするに当たり、外部文書データを(プリンタ出力ファイル等の)ファイル形式で互いに送受信し合うことは、本件出願前既に周知事項となっていたことを根拠に、「相手先へ送信すべき外部文書データをプリンタ出力ファイルとして送信することは、当業者が上記周知事項に基づいて容易に想到し得た」と結論付けているが、認定した周知事項に基づき、当業者は、いかなる理由によって「本願発明のように、・・・外部文書データをプリンタ出力ファイルとして送信すること」を容易に想到し得たのかにつき、何ら合理的な理由を示しておらず、審決には理由不備の違法がある。

3  顕著な作用効果の看過

本願発明の構成の変更が、一見周知事項から容易に想到し得るものであるとしても、本願発明には、引用例記載の発明及び周知事項から予測される範囲を越えた下記〈1〉ないし〈3〉の顕著な作用効果が存在する。審決は、本願発明のこの顕著な作用効果を看過したものである。

〈1〉  本願発明は、イメージデータとして送信する方法に比べて、伝送すべきデータ量が約10分の1に圧縮でき、伝送時間の大幅な短縮、回線コストの低減を実現することが可能となり、しかも用紙上に出力された文書を光電変換する際に生じた画質の変化が見られず、実質的なオリジナルなプリントと同等の鮮明さで受信・印字が可能となる。

〈2〉  本願発明は、コード化された文字情報を伝送技術と比較した場合、プリンタ出力ファイル形式での送信では文字コード情報に加えてプリンタ制御コードも送信されることから、単なる文字パターンのみならず、文書の書式・レイアウトの忠実な再現も可能となる。

〈3〉  本願発明に基づき、ファクシミリ装置内に標準的な規格のプリンタ制御コードの送受信・記憶機能を設置すれば、文書作成システムの種類に関わらず、長期間にわたり、作成された文書データの忠実なファクシミリが可能となる。

第4  被告の反論

1  相違点の認定について

審決が、原告主張の点につき、開示がないとせずに明示がないとしているのは原告主張のとおりであるが、審決は、送受信がプリンタ出力ファイルの形式で行われる点を相違点(ロ)として取り上げているから、原告主張の相違点の認定の誤りはない。

2  進歩性の判断について

(1)  前提とする事実の誤認について

少なくとも、公衆回線、デジタル通信網を介してコンピュータ間通信をすることは、本件出願前当業者にはよく知られていたことである。さらに、本件出願前、インターネットは大学学術分野において既に利用されていたという事実からも、その概念は当業者には広く知られていたものである。したがって、単にインターネットが「広く商業的」に実施されていなかったことを理由に、コンピュータ間通信に当たり、文書作成システムにより作成したデータをファイル形式で互いに送受信し合うことが周知ではなかったとする原告の主張は当を得ていない。

本願発明におけるプリンタ出力ファイルの定義は、本願明細書に記載があるとおり「プリンタ出力ファイルには、倍角・4倍角・縮小などの字種の指定コードを含むことができる」もので、また「通常のプリンタの制御コード体系だけでなく、より抽象化されたページ記述言語(PDL)も含む」ものである(甲第2号証3頁右上欄6ないし17行)。

このようなプリンタ出力ファイル形式のデータを通信回線を介して送受信し合うことは、本件出願前に周知となっていた事項であるから、原告の主張は当を得ておらず、審決の判断に誤りはない。

(2)  理由不備について

本願発明に係る実質的な技術的要旨は、ファクシミリ通信回線を介してプリンタ出力ファイルを相手先へ送信することにあり、審決はこの点を相違点(ロ)として取り上げ、判断したものである。

しかして、引用例には、文字コード情報又は文字パターン情報から成る送信文書データをファクシミリ回線を介して受信してプリントするファクシミリ装置が記載されており、そしてプリント実行のため(プリンタを制御するため)にプリント出力ファイルを使用するという本願発明の課題は乙第1ないし第3号証に示されるように周知のことである。

してみれば、各種ネットワーク(通信回線)を介して通信をするに当たり、送信側が文書作成システムにより作成したデータをプリンタ出力ファイルの形式で互いにファクシミリの通信回線で送受信し合うことは、本件出願前既に当業者にはよく知られていた事項であるから、ファクシミリネットワークを介して相手先へ送信すべき外部文書データをプリンタ出力ファイルとして送信することは、当業者が容易に想到し得たことであって、審決の相違点(ロ)についての判断に誤りがなく、原告の主張は当を得ていない。

3  作用効果について

原告が主張する〈1〉、〈2〉の作用効果は、ファクシミリ装置において、外部文書データをプリンタ出力ファイル形式で送信するようにしたことに伴う当然の効果にすぎない。

原告が主張する〈3〉の作用効果は、本願出願当時、プリンタ制御コード体系がPC-PR系(NEC),ESC-P系(EPSON)、PostScript(Adobe)など数種の制御コード体系に統一が図られていたことから、常識的に予測される効果にすぎない。

第5  当裁判所の判断

1  本願発明について

本願発明の要旨は前記第2の2のとおりであるところ、甲第2号証によれば、本願明細書に以下の記載があることが認められる。

〔目的〕

「本発明は、G3,G4、その他のファクシミリに、プリンタ出力ファイルを伝送する機能を設けることによって文書情報の高速、高品質、低コスト、かつ簡便な通信を実現することを目的としている。」(甲第2号証3頁左上欄6行~10行)

〔効果〕

「従来のファクシミリ装置にプリンタ出力ファイルを入力して送信する機能を付加するだけで、広く普及したファクシミリネットワークを利用し、簡単な操作で文書データを文字コードとして送信することができる。」(同9頁左上欄末行ないし右上欄4行)

「G4規格ファクシミリミクストモードは、本発明の通信方式と共通点が多いが、これと比べて本方式の大きな利点は、既存の文書作成システムで作成した文書データを、フォーマット変換を行わずにそのまま伝送できるという点である。」(同9頁左下欄7行ないし11行)

2  引用例について

甲第4号証によれば、引用例に次の趣旨の記載があることが認められる。

〔従来技術と問題点〕

電子計算機を送信側装置とするファクシミリシステムにおいて、送信側装置から受信側ファクシミリへデータを送り文書として出力させるものには、いくつかの方式がある(甲第4号証1頁右欄6行ないし末行参照)。

その1つに、送信側装置から文字コードを受信側ファクシミリに送り、受信側ファクシミリで文字コードを文字パターンに変換して用紙に出力する方式がある。この方式では文字コードで送信することから、送信側が送出するデータ量が大幅に減少し伝送効率の向上を図ることができるが、この方式の欠点は、受信側ファクシミリに格納しておく文字パターンの数に限りがあるため、受信側ファクシミリに未格納の文字コードを送信側から送っても該当する文字を出力することができないことである(同2頁左上欄6行ないし17行参照)。

〔目的〕

引用例記載の発明は、受信側ファクシミリにない未格納の文字パターンについては、送信機側装置から文字パターンを送ることで、上記の方法を補完しようとするものである(同2頁右上欄4行ないし6行)。

〔構成〕

電子計算機4の言語処理システム(ワードプロセッサ)により作成された文書データを文字コードの形でファクシミリ制御装置3に転送し、該ファクシミリ制御装置3は受け取った文字コード形式の文書データを画面バッファ31、送信バッファ32、回線2を介してシリアルにファクシミリ装置1に送信し、該ファクシミリ装置1は受信した文字コードが内部に持つ文字パターン格納部11でパターンに変換できるものであればこれをパターンに変換しイメージデータに展開して出力し、変換できないものであればファクシミリ制御装置3から送られて来る文字パターンを用いてイメージデータに展開して出力するファクシミリ制御方式である。(甲4号証 第1図参照)

3  相違点の認定に関する主張について

原告は、引用例記載の発明は、外部文書データをプリンタ出力ファイルないし印刷コードファイルの形式にて送受信することは全く想定していなかったことが明らかであるから、「引用例に明らかな記載がない」と認定するにとどまる審決には事実誤認があると主張する。

引用例に、電子計算機4の言語処理システム(ワードプロセッサ)により作成された文書データを文字コードの形でファクシミリ制御装置3に転送し、該ファクシミリ制御装置3は受け取った文字コード形式の文書データを画面バッファ31、送信バッファ32、回線2を介してシリアルにファクシミリ装置1に送信し、該ファクシミリ装置1は受信した文字コードが内部に持つ文字パターン格納部11でパターンに変換できるものであればこれをパターンに変換しイメージデータに展開して出力し、変換できないものであればファクシミリ制御装置3から送られて来る文字パターンを用いてイメージデータに展開して出力することが記載されていることは、審決が認定し、原告も争っていない。

この記載によれば、引用例記載の発明は、ファクシミリ制御装置3とファクシミリ装置1の送受信は文字コード形式の文書データで行うものと認められるから、引用例には、文書データをプリンタ出力ファイルないし印刷コードファイルの形式にて送受信することの開示はないものということができるが、審決はこの点について、引用例に明らかな記載がないと認定し、相違点として挙げている。したがって、原告主張の点をもって、審決の認定に誤りがあるとすることはできない。

なお、原告は、引用例記載の発明は、外部文書データをプリンタ出力ファイルないし印刷コードファイルの形式にて送受信することは全く想定していなかった旨主張するが、文字コード形式によって文書データを送受信するときには何らかのファイル形式によると考えるのは自明のことなので、引用例記載の発明がファイル形式について触れなかったことをもって、全く想定していなかったといういうことはできない。

4  進歩性の判断に関する主張について

(1)  前提とする事実の誤認の主張について

原告は、インターネットを介してのデータの送受信は、本件出願当時は当業者には決してよく知られていた事項ではあったわけではないし、コンピュータ間でのパソコン通信や電子メールの送受信においても、通信方法としてはテキストファイルないしは文書ファイルが使用されていたのであり、プリンタ出力ファイルが送受信に使用されていたという事実はないから、審決は前提事実を誤認している旨主張する。

(a) まず、インターネットを介してのデータの送受信についてみるに、本件出願前、既に、インターネットは大学等学術分野においては一部利用がなされていたことは原告も認めるところであり、インターネットはできるだけ広い範囲を対象としてデータの送受信を行うものであるから、その性質上、当業者にはよく知られていたものと認めるのが相当である。

(b) 次に、パソコン通信ないし電子メールの送受信に使用されるファイルについてみるに、乙2号証(【K】編著「電子メールとメッセージ通信」昭和61年工学社刊)によれば、同書に次の記載があることが認められる。

「電子メールにおける重要な位置付けをもつオフィス情報アーキテクチャであるDIAとDCAについては説明します.・・・IBMのオフィス情報アーキテクチャは,IBMオフィス・システムを相互接続することによって構成されるオフィス・システム・ネットワークにおける情報の分散と,管理に関する規約の集合です.・・・変更可能形式のテキストのドキュメントは,実際のテキストに加えて,ドキュメント全体,もしくはその一部の一般的な形式指令を含んでいます.」(292頁6行ないし末行)

「変更可能形式テキストで定義される機能は,次のものがあります.

・上下マージンの宣言

・ページ数と行数

・テキストのスペース仕様

・外部データ・レコード・フィールドの挿入

・他のドキュメントのテキストの挿入

・同じページの特定テキストの保持

・スペリング検証制御

最終形式のテキストドキュメントは,ドキュメントを表示する場合に配置制御を必要とする位置で,テキストの中に形式制御コードを含みます.この最終形式テキストで定義されている機能には,次のものがあります.

・上方マージンの位置

・左マージンの位置

・行間

・フォント定義

・テキスト整え

・下線の開始と終了

・オーバ・ストライクの開始と終了」(293頁12行ないし下から5行)

これらの記載によれば、ネットワークを介して送受信される変更形式テキスト及び最終形式テキストは、要求された形式に印字するための形式指令や形式制御コードを含むものであり、本願発明におけるプリンタ出力ファイルに相当するものと解される。したがって、ファクシリ通信、すなわち通信回線を介して送信するという本願発明の技術分野に属する、コンピュータ間のパソコン通信や電子メールの送受信の分野では、本願出願前、プリンタ出力ファイルで送受信が既に行われていたものと認めることができる。

(c) ところで、本願明細書には

「プリンタ出力ファイルには、文字コードのほかに、改行・復帰・書式送り・改頁などの制御コードを含む。この制御コードには、倍角・4倍角・縮小などの字種の指定コードを含むことができるが、それらはプリンタの制御コード体系によって必ずしも一致していないため、文書作成システムが使用するプリンタ制御コード体系は、広く用いられている1つまたは複数の制御コード体系に準拠しなければならない。

なお、ここでいうプリンタ制御コード体系には、通常のプリンタの制御コード体系だけでなく、より抽象化されたページ記述言語(PDL)も含むものとする。」(甲第2号証3頁右上欄6行ないし14行)

と記載されていることが認められ、プリンタの制御コード体系を特定する必要がある旨の記載がある。この点、乙第2号証の上記記載には、本願発明にいう「プリンタ出力ファイル」に含まれる制御コード体系(これは各種プリンタの制御コード体系によって異なる。)に関する論及は存しないが、本願発明はプリンタ出力ファイルの中身についての発明ではないし、コンピュータ間で意義ある送受信を行うためには、プリンタ出力ファイルを受信側のコード体系に合わせて構成する必要があることは技術常識と考えられるから、乙第2号証に上記の記載がないとしても、原告主張のような審決の前提事実の誤認があるものとすることはできない。

(d) 以上のとおりであり、審決は前提事実を誤認しているとする原告の主張は理由がない。

(2)  理由不備の主張について

外部文書ファイルをプリンタ出力ファイルで送受信することは周知の技術であることは、上記のとおりである。そして、この周知の技術は、通信回線を介してプリンタ出力ファイルを送受信する技術であるから、ファクシリ通信の分野に適用することを妨げる事情もないというべきであり、これを引用例記載の発明に適用して本願発明の構成とすることに何らの困難性はないと考えられる。

審決が引用例との対比において本願発明の進歩性を判断するに際して、上記の点を踏まえて説示していることは明らかであり、そこに理由不備の違法があるとすることはできない。

5  顕著な効果の看過に関する主張について

(1)  原告主張の〈1〉の効果について

引用例記載の発明は、文書作成システムによって作成された文書ファイルを、通常は文字コード情報にて送受信するものと認められるから、原告主張の〈1〉の効果を奏するものと認められる。

(2)  原告主張の〈2〉の効果について

文字コード情報に加えてプリンタ制御コードも送信することは、前判示のとおり周知の事項であって、この周知の事項をファクシミリ装置を適用することに格別の困難はないものと認められる。そして、これに伴い、文書の書式・レイアウトの忠実な再現も可能であるという効果も予想される程度のことであり、審決が原告主張の〈2〉の効果を看過したということはできない。

(3)  原告主張の〈3〉の効果について

本願発明の要旨には「ファクシミリ装置内に標準的な規格のプリンタ制御コードの送受信・記憶機能を設置す」るとの構成はない。したがって、この構成を採用すれば、文書作成システムの種類に関わらず、長期間にわたり、作成された文書データの忠実なファクシミリが可能となるとの原告主張の〈3〉の効果は、本願発明の要旨に基づかない主張であって、採用することができない。

(4)  したがって、審決は本願発明の顕著な効果を看過したものであるとする原告の主張も理由がない。

第6  結論

以上のとおり原告主張の審決取消事由はすべて理由がなく、本訴請求は棄却すべきである。

(平成11年9月28日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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